マイナンバー制度導入を目前に 社労士の視点から 制度の疑問点
来年1月から、マイナンバー制度が始まります。制度の導入を目前に、社労士の視点から、気がかりな点をまとめました。本文は塩澤本人によるもので、制度への個人的な見解を反映しています。ご了承下さい。
なおQ1、Q2については事実関係の情報源として、「国税庁FAQ」の他、「月刊社労士」2015年11月号(全国社会保険労務士会連合会)掲載の記事『わが国で始まった「マイナンバー1.0」の内容と今後の課題整理』(立岩優征氏)を参考にさせていただきました。
Q3~5は、実際に顧客様から伺った懸念等も反映しています。実務のお役に立ちましたら何よりです。
Q1.来年以降、毎年、「給与所得者の扶養控除(異動)申告書」へマイナンバーを書いてもらう必要があるのか?
国税庁によれば、来年(平成28年)1月以降、給与を支払う者は、『個人番号の記載された「給与所得者の扶養控除(異動)申告書」の提出を受ける必要がある』としています。
同申告書の保存期間は7年間とされていますので、この書類にマイナンバーを記載させると、毎年、向こう7年間、厳格な「安全管理措置」により、保管しなければならない書類が発生し続けることになります。
企業実務の面からは、これは理不尽な取扱いのように思われます。マイナンバーは本来、個人と行政の間でやりとりされるもので、会社等はその中継点として「協力するに努める」立場にあるものと考えます。
一方、同申告書は通常、会社等に提出され、そのまま保管される書類ですので、会社等としては行きがかり上、セキュリティ確保のコストと漏えいリスクを抱えることになってしまいます。マイナンバーを提出した人にとっても漏えいリスクはその分増加することになります。
A1.記載は省略できず、税務署提出まで猶予することも認められない。しかし会社等と個人の合意など一定の条件のもと、余白に「給与支払者に提供済みの個人番号と相違ない」旨を記載して省略することができる。
記載省略、記載猶予は不可とされていましたが、国税庁のFAQが10月29日に更新され下記のとおり改められました。
給与支払者と従業員との間での合意に基づき、従業員が扶養控除等申告書の余白に「個人番号については給与支払者に提供済みの個人番号と相違ない」旨を記載した上で、給与支払者において、既に提供を受けている従業員等の個人番号を確認し、確認した旨を扶養控除等申告書に表示するのであれば、扶養控除等申告書の提出時に従業員等の個人番号の記載をしなくても差し支えありません。
なお、給与支払者において保有している個人番号と個人番号の記載が省略された者に係る個人番号については、適切かつ容易に紐付けられるよう管理しておく必要があります。
(国税庁 源泉所得税に関するFAQ1-9)
Q2.毎年5月に市区町村から送付される住民税の特別徴収額の通知にマイナンバーは記載されるのか?
A2.現時点で記載の有無や業務フローの変更は未定。
今後、行政側の判断を待つ必要があります。
記載される場合、会社等としてはマイナンバーの到着前に、番号法等の求める「安全管理措置」を実施しておかなければなりません。
様々な経営環境にある全ての会社等に対して、このような手順で一律に「安全管理措置」の実施を求めることは非現実的であるように思われます。
また市区町村から会社等へのマイナンバーの提供は、番号法等の要請により簡易書留による郵送などが想定され、莫大な行政コストの発生が見込まれ、この点からも実施はむずかしいように考えられます。
Q3.従業員等のマイナンバーは税務署、職安、年金事務所など、それぞれの窓口に在職中1回届出ればその後の提出は不要か?
A3.雇用保険、社会保険は不明。「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」は原則として毎年記入も、省略する方法はある。
雇用保険や社会保険の手続きなど、在職中に一度マイナンバーを届出た従業員について、氏名変更時や離職時に再記入が不要かどうかについては、現在、厚生労働省の判断が示されておらず、不明です。
源泉所得税については、給与所得者の扶養控除移動申告書について、本文A1.の例外をのぞき、毎年記載することとされています。記載省略の方法については本文A1.をご参照ください。
Q4.マイナンバーを自社で保管する機会や期間を最小限に留めたい。
A4.手続き後の控えには記載されない見込みのため、手続きの都度、収集する場合は保管不要といえるが、「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」は提出から7年間保管する義務がある。
在職中の雇用保険、社会保険、所得税など番号法所定の手続き全般を目的に収集した場合は在職中、保管義務があるが、同申告書については退職後も7年間の保管義務がある。
A1.のとおり、同申告書については、書類への記載を省略し、マイナンバーのみ別途保管することも可能です。この場合、別に保管しているマイナンバーは同様に7年間は保管義務があるとされています。
「マイナンバーの同申告書への記載を省略する」「保管と廃棄を外部に委託する」「クラウドサービスで保管する」といった方法で、ある程度の負担軽減が見込まれます。
このほか住民税の特別徴収税額通知については、今後の行政側の判断に従って対応を検討する必要があります。
Q5.マイナンバーの収集・提供・保管・廃棄等をクラウドサービスや社労士・税理士に委託すると、安全管理措置などは不要か?
マイナンバーの業務は、全部または一部を外部に委託することができます。また委託先は、委託した会社等の許諾のあるときに限って、その全部または一部を再委託することができます。
A5.全部または一部委託する場合でも、安全管理措置の実施が必須。同時に委託先の適切な選定や監督を行なう責任が生じます。
マイナンバー関連の業務の一部または全部を外部委託した場合でも、①委託先を適切に監督するための必要な措置を講じないか、あるいは②必要かつ十分な監督義務を果たすための具体的な対応をとらなかった場合で、「委託先や再委託先、再々委託先等での情報漏えい等が発生」した場合、委託元の会社等も番号法違反とされるおそれがあります。
「必要かつ適切な監督」の具体例としては、例えば「①委託契約の中に秘密保持義務、事業所内からの特定個人情報の持出しの禁止、事務終了後の特定個人情報の返却又は廃棄の義務づけなどを設けること、②これらの契約内容が遵守されていることについて定期的に報告を受けること」などが挙げられています。
組織的に対応する上で、委託の範囲に応じて安全管理措置を実施することは必須と考えます。
その他、クラウドサービスにマイナンバーを保管する場合で、「クラウドサービス提供者側がマイナンバーをその内容に含む電子データを取扱わない」旨定めている場合は「番号法上の委託」にはあたらず、委託元は自社管理と同様に安全管理措置を講じておく必要があるため、留意してください。
以上です。
このほか
「準備ができていないのにマイナンバーを集めてしまった」
「来年末になって準備ができていると思えない(集められる状況にない)」
「保管したまでは良かったが、経営上の都合で安全管理措置をとれなくなった」
など、実務上、様々なケースが想定されます。
実際に制度が始動する中で、課題がより明らかになり、善処されることを強く希望する次第です。
(塩澤)