複数事業労働者の労災保険 ~給付額等が見直されました(今年2020年9月から)~ 

 昨今は副業、兼業を公認する企業が現れる等、多様な働き方をする人が増加しています。

 こういった変化を踏まえて労災保険法が改正され、今年(令和2年〔2020年〕)9月から、複数の勤務先で働く労働者の労災保険給付と労災認定の評価方法が見直され、新たな給付も新設されました。

 厚労省では今回の改正について、24ページの「わかりやすい解説」というパンフレットを公開しています。

 今回の事務所ニュースでは、このパンフレットから一部を抜粋してご紹介します。

ア.これまでの複数事業労働者の労災保険給付

 労災保険は、労働者が業務災害や通勤災害によりケガや病気になったり、死亡したときに、治療費や所得補償などの保険給付を行う制度です。

 保険給付のうち、所得補償等は被災した労働者の平均的な賃金額に応じて金額が決められています。

 これまで、複数の会社で働いている労働者の労災給付は被災した勤務先の給与額のみが反映されていました。

 また労災か否かの認定の際にも、複数の勤務先での業務の負荷が総合的に評価されることはありませんでした。

イ.そもそも複数事業労働者とは

 今回、労災保険法の改正の対象となる「複数事業労働者」とは、下記の様な人をいいます。

【複数事業労働者】

    1. 仕事や通勤が原因でケガや病気となったり、亡くなった時点で、事業主が同一でない複数の事業で働いている労働者
    2. 同じく被災した時点で、一つの会社に勤めながら、一人親方等の個人事業主として労災保険に特別加入している労働者や、複数の就業で労災保険に特別加入している個人事業主

ウ.保険給付額の改正

 今回の改正により、被災した複数事業労働者への保険給付は、すべての勤務先の賃金を合算した額を基礎として、給付の基礎となる1日あたりの金額(給付基礎日額)が決められることになりました。

 (仕事が原因の)業務災害と通勤による災害のいずれかにかかわらず、複数事業者であれば同様に合算して保険給付額が決まります。

 具体的には、給付基礎日額をもとに保険給付額が決められる以下の給付で算定方法が変更されました。

      1. 休業補償給付、休業給付、複数事業労働者休業給付
      2. 障害補償給付、障害給付、複数事業労働者障害給付
      3. 遺族補償給付、遺族給付、複数事業労働者遺族給付
      4. 葬祭料、葬祭給付、複数事業労働者葬祭給付
      5. 傷病補償年金、傷病年金、複数事業労働者傷病年金
        ※「特別支給金」も同様に変更されています。

 たとえば「3つの勤務先で月合計約30万円の給与を受けていて、月約5万円の給与を支払われている勤務先で被災した方」は、これまでであれば月約5万円の給与額をもとにした保険給付しか受けられませんでしたが、今年9月以降は合計額の約30万円にもとにした 給付を受けられるようになっています。

エ.「複数業務要因災害」の新設

 今回の改正により、新たに「複数の事業の業務を原因とする傷病等(負傷、疾病、障害または死亡)」も、労災保険給付の対象となりました。

 新たな支給対象となるこの災害は「複数業務要因災害」と名付けられました。対象となる傷病等は、「脳・心臓疾患」や「精神障害」などです。

 複数業務要因災害への保険給付としては、新たに次の保険給付が新設されています。

      1. 複数事業労働者休業給付
      2. 複数事業労働者療養給付
      3. 複数事業労働者障害給付
      4. 複数事業労働者遺族給付
      5. 複数事業労働者葬祭給付
      6. 複数事業労働者傷病年金
      7. 複数事業労働者介護給付

 この「複数業務要因災害」では、複数事業労働者について、「1つの事業場のみの労働時間やストレス等の業務上の負荷の評価では業務災害と認定されない」場合に、「複数の勤務先での業務上の負荷を総合的に評価して労災認定」できるかを判断します。

 この方法で認定されるときは、上記の新設された保険給付が支給されます。

 ※1つの勤務先のみの業務上の負荷で労災認定されるときは、これまでと同様に「業務災害」とされます。保険給付の金額はすべての勤務先の給与額が反映されます。

オ.今回の改正の経過措置

 今回の改正の対象は、今年(令和2年〔2020年〕)9月以降に発生した傷病等のみとなります。

 8月31日以前に発生した傷病等については改正前に制度が適用されます。

カ.メリット制への影響

 労災保険では、事業場の業務災害の多さに応じて労災保険料率または保険料を増減させる「メリット制」という制度があります。
 今般の制度改正(による「複数業務要員災害」)はメリット制には影響がなく、従来通り、業務災害が発生した事業場の賃金に相当する保険給付額のみがメリット制に影響します。

キ.実務への影響…給付申請用紙、提出先など

 実務面では、従来の「業務災害用」の様式が、「業務災害用・複数業務要員災害用」の様式に変更されました。「通勤災害」と兼用の様式も「複数業務要員災害」でも使用できるよう変更されています。

 この変更により、業務災害と複数業務要員災害に係る保険給付は同時に請求できるようになり、「業務災害」と認定されないときには「複数業務要因災害」としての認定可否が判断されます。

 新しい様式には「その他就業先の有無」を記入する欄が追加されました。一部の様式では、その他の勤務先での賃金額等を証明するための別紙を記入する必要があります。

 また複数事業で就労していて労災保険給付を申請するときの書類の提出先は、各事業場を管轄する労働基準監督署のいずれかが窓口となります。(すべてに提出する必要はありません。)